たいやき


 そこのあなた。
 天然もののたいやきというものを、召し上がったことはありますか?
 たいやきに天然も養殖もない、ですって?
 いいえ。実はたいやきには天然ものと養殖ものがあるのです。
 おや、信じていらっしゃいませんね。
 お店では、目の前で作っているじゃないか、ですって?
 そうですねえ。近頃はいろいろな技術が進んで、ああやってたいやきを作ることができるようになりました。今では天然もののたいやきにも、養殖もののたいやきにも、滅多にお目にかかることができません。
 例えばあなたが今購入されたたいやき、おいしそうですねえ。金属製の型に生地を流し込み、カスタードクリームをたっぷり詰めて絶妙な加減に焼き上げてある。
 昔はそういうたいやきは、天然ものを輸入したあとで、餡を丁寧に取り除き、クリームを注入してお店に並べられていました。手間ひまかけて作られるので、普通のたいやきよりも少しだけお値が張ったものです。
 いろいろと納得がいかない、というお顔ですねえ。
 心配なさらずとも、私はあなたの全ての疑問にお答えできますよ。さあ、そのたいやきを召し上がりながらでも、ゆっくりお聞き下さい。



 そもそも、たいやきの生息地は日本ではありません。
 魚の姿をしたあの愛すべき庶民の味。端はぱりっと、それでいてふんわりとした薄い生地に、たっぷり詰まった粒あん。
 かれらの故郷は遠い砂漠の国なのです。
 あのぱりっとした食感は、乾燥した灼熱の砂の中で暮らした証であり、はち切れそうに蓄えられた栄養いっぱいの餡は、厳しい自然を生き抜く知恵だったのです。
 たいやきは砂に似た体色を利用して、日中も活発に活動しました。乾燥に強く、水を貯えた植物に集い、水分と養分を吸収していたのです。
 個体あたりの栄養価が高いので、現地の人々は昔からたいやきを栄養源として口にしていました。彼らは定期的に砂漠に出ると、集団でたいやき漁を行いました。かつてそこを訪ねた日本人は、砂漠の木々に網を打つ彼らを見て、「木に魚を求むる漁師」を見たという記録を残しています。
 さて、ご存知のとおり、たいやきは甘みが強く、一時に大量に摂取できる食品ではありません。日持ちがきく、という訳でもありませんので、時代が下り、ものが豊かになるにつれて、その砂漠の国では徐々にたいやきの地位が下がってまいりました。
 供給過剰気味になったたいやきに目を付けたのが、日本人です。日本にはたいやきによく似た甘味がいくつかありましたので、たいやきが多くの日本人に受け入れられることは容易に想像できました。そこで、複数の商人が組合を作り、たいやきを輸入することにしたのです。
 現地でとれたたいやきを、生け簀に入れて新鮮なまま輸送し、軽く火をあてて販売いたしますと、これが予想以上の大好評を生みました。
 餡が苦手な人のために、たいやきの腹を裂いて餡を取り出し、中を丁寧に拭ってからクリームやチョコレートを詰めるという技術も生まれました。
 高度経済成長期には、砂漠を調査してたいやきの稚魚を捕獲し、日本で育てて販売する半養殖が成功し、ほどなく完全養殖も実現しました。はじめの頃は、養殖ものと言えば生地がしっとりとしていて餡も尻尾まで入っていないような印象が強かったのですが、1980年代には養殖ものといっても素人目には天然ものと区別がつかないような高品質のたいやきを生産するようになったのです。



 なんですって?
 しろいたいやき?
 ああ、アルビノのことですね。皮が白いと水分が蒸発しにくい、等ということは考え辛いのですが、ふつうのたいやきよりもしっとりとした食感が特徴ですね。日本ではほぼすべての「白いたいやき」が人工ですが、まれに養殖もののなかで突然変異が出ることがあります。
 天然もののアルビノは、これは本当に貴重です。かの砂漠の国では今でも、白いたいやきは「砂漠で目立つであろう体色をしていながら立派に成長している強い個体」として、漁でとれた時には神殿にお供えされるという話ですよ。



 いかがですか?
 だんだん、天然ものが食べたくなってきたでしょう?
 もちろん、人工のたいやきはとてもおいしく作られています。カスタードクリームやチョコレート、ジャーマンポテトなんていう変わり種もありますね。でも、この話を聞いてしまったら、天然ものとはどんなしろものなのか、一口味わってみたくなったのでは?
 ええ、そうでしょうとも。そうこなくては!
 申し上げましたでしょう、心配なさらずとも、私はあなたの全ての疑問にお答えできますよ。
 今では、天然もののたいやきを口にすることはなかなか難しい仕事です。けれど、老舗の、個人で営んでいるようなたいやき屋さんへ行ってご覧なさい。頑固で偏屈そうな店主が居れば、ほぼ成功です。
 お客さんがあなただけになるのを待って、こう言ってみてご覧なさい。
「天然もの、あるかい?(語尾はお好きなようにアレンジしてくださって構いませんよ)」
 きっと店主は、驚いたような顔をしてあなたを見ます。そして、
「通だねえ、若いの」
と言ってにやりと笑うと、店の奥へと消えて行くことでしょう。
 そうして?
 そうして、あなたは待つだけです。
 灼熱の砂漠を生き抜いた、とくべつなたいやきをね。

おわり

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