木枯らし


よく晴れた秋の昼下がり、私は住み慣れた家の中で新たな発見をした。
 部屋の模様替えを思いつき、早速家具を運び出しカーペットを取り去った床の一部がきらりと光を放ったのだ。
 部屋の中心からややずれた位置のきらきらとした輝きに、つかの間目を奪われる。
 うかつに動くと光が露のように消えてしまうような気がして、慎重に近づいてみてみると、それは四角くはめ込まれた拳ほどの大きさの色石だった。
 黄色とも、橙色ともつかない透明なきらめきにこめられた意味を図りかね、私は少し首をかしげた。
 10年ほど前にこの小さな洋館を借りたとき、家の中はほとんど前の居住者が残したままになっていた。無論、カーペットもそのまま敷きっ放しで、それゆえに今まで気がつかなかったのだ。
 申し送りがなかったということは、前の居住者も知らなかったのだろうか。
 何だか自分だけの宝物を見つけたような暖かい気持ちになって、私はちょっと嬉しくなってしまった。





(……もしかして)
 そこで初めて、その暖かさが外因的なものでもあることに思い至り、私はきらきらと光る色石からそっと視線を外した。
 元々書庫として作られたというこの部屋には、四方のどの壁にも採光窓はない。今までそう思い込んでいたが、いつもより上のほうに目を向けてみると、天井近くに小さな天窓があった。
 そこからはやさしい木漏れ日が、色石に向かってまっすぐに降り注いでいた。
 暖かな気持ちが心の底から湧き出てくるような気がして、仰向いたまま目を閉じてみる。
 この素敵な目印を残してくれた誰かに、心の中で礼を呟く。
 角度から考えて、この石の仕掛けは太陽が中点からやや傾く昼下がりの時間帯に効果を現すのだろう。
 暖かな光は、私にある人物を思い出させた。思い出すだけで指先が暖まるような幸福感と、それが思い出であることの痛みがよみがえる。
 陽だまりのようにあたたかいひと。たくさんのものを私にくれて、何を返す間もなく去って行った。
 私は少し安心した。いかに時が流れようとも、きっかけさえあれば思い出すことができる。今は私だけの記憶だけれど、誰かに話すその時にも、こんな風にあたたかな気持ちで思い出すことができたらいい。
 外では轟々と音がする。冷たい風が吹いているのだろうか。
 冷たいけれど決して凍りつかせない、その先にある暖かなものを予感させる木枯らし。突然現れる、冬将軍の先払い。
まぶたに琥珀色の眩しさを感じながらぼんやりとそんなことを考えていると、急に体が心地よいだるさに包まれてきた。
(模様替えは、明日でいいか……)
 あっさりと睡魔に降伏し、私は色石の傍にゆっくりと座り込んだ。





「何でこんなところで寝てるの」
 困惑半分、呆れ半分の声が頭上から聞こえてきて、私は目を覚ました。どうやら本格的に眠ってしまっていたようだ。
「ああ、お帰り見月……」
 ぼんやりと答えながら身を起こすと、すでに陽は大きく傾き、多少の肌寒さを感じる。
「いつの間に日が落ちたんだろう」
 思わずつぶやくと、見月が正面にしゃがみこんだ。
 まっすぐにここへ来たらしく、外の匂いがするマフラーを首に巻きつけたままでいる。
「何でいきなり部屋を空っぽにしてるのかとか、何でそんな薄着なのかとか色々聞きたいことがあったんだけどまあなんとなく見当はつくから、とりあえずこれだけ言わせて。
風邪引くから。もう冬だから。」
 次々と投げつけられる言葉は、乱暴だが冷たさは少しもない。明るい茶色の目は、彼の父親にそっくりだ。
 ふわりとした感触を頬に感じる。目を上げると、見月が自分のマフラーをとって私の首に巻き付けようとしていた。
「とにかく、ちょっと休めば?」
 いつにも増してぼんやりしてるし、模様替えなら明日やればいいよ。そう続けられた台詞に、自然と笑みを誘われる。
「そうだね」
「そうそう」
 苦笑して立ち上がる見月を見上げる。何、と見返してくる目のあたたかさは、私を眠りの世界へと誘い込んだ色石に少し似ていた。

おわり

inserted by FC2 system