ねがいごと


「願い事を叶えてあげましょう」
 ランプをこすると、なにやらもやもやとしたものが出てきてこう言いました。
 かなみちゃんは首をかしげました。
「なあに?」
「願い事を叶えてあげましょう」
 もやもやとしたものは、くり返して言いました。
「なんでもいいの?」
「いいですよ」
「なんこでもいいの?」
「いいですよ」
 もやもやとしたものは、えらく気前よく言いました。
 かなみちゃんはためしにこう言ってみました。
「あたし、チョコレートが食べたい。チョコレートをたくさんちょうだい」
 すると、目の前にチョコレートの山が出来上がりました。まばたき一つする間もありません。
「うわあ、すごい!」
 かなみちゃんは目を輝かせてさけびました。
「じゃあ、チーズケーキも食べたい」
 そう言うか言わないかのうちに、目の前にはおいしそうなチーズケーキが積み上がりました。
「どうぞ、たくさんお食べなさい」
 もやもやしたものは、にこにこしてそう言いました。





 その日から、かなみちゃんの願い事は何でも叶うようになりました。
 朝はどんなに寝坊しても、お母さんに怒られることはありません。お父さんに「早く幼稚園に行きなさい」と言われることもありません。
 しばらくすると、お父さんもお母さんもいなくなりました。かなみちゃんにはなんでも叶えてくれるもやもやがいるので、二人ともいらなくなってしまったからです。
 嫌いなものは食べなくても良いのです。ホットケーキやワッフルや、ケチャップで絵を描いたオムライスをいつでも好きなときに食べていいのです。
 お母さんには絶対買ってもらえなかったおもちゃだって、もやもやに言えばすぐに手に入ります。大好きなテレビ番組にでてくるお姫様の人形も、それにそっくりのドレスも、欲しいと思った瞬間にそれはかなみちゃんのものになりました。  お姫様のようなひらひらしたお洋服も、きらきらしたビーズでできた首飾りも、お友達が持っていないようなすてきなものだって、かなみちゃんが欲しいと言えばいくらでも出てきました。
 やがて、町はふわふわのクッションでいっぱいになり、飴細工のお花が咲き乱れ、川にはりんごジュースが流れるようになりました
 幼稚園もお城のようになりました。かなみちゃんは好きなときに幼稚園に行って遊びます。
行きたくなければジュースの川であそんだり、おうちの屋根からクッションの道に飛び込んだりして遊びます。お友達もほしいときだけ、もやもやが出してくれるのでした。


 もやもやはいつもにこにこしながら、かなみちゃんのそばにいて、かなみちゃんの願いを次々と叶えてくれました。





 ある日のことです。
 かなみちゃんは絵本を読んでいました。今日はひとりでいたかったので、まわりにはだれもいません。
 もやもやとしたものは、いつものようにかなみちゃんのそばに漂っていました。
「きれーい」
 絵本を読んでいたかなみちゃんは、思わず歓声をあげました。絵本に書かれていたのは、空に住む恋人たちが天の川にひきさかれ、年に一度だけ、カササギの橋を渡って逢瀬を交わすという、有名な七夕の物語です。
 かなみちゃんは真っ暗な空を流れる天の川の絵に釘付けになってしまいました。
 きらきらのビーズや、ビー玉や、おほしさまや、そんなものばかりが散りばめられた大きな川です。もしかしたら、こんぺいとうや、おさとうだって、さらさらと流れているのかもしれません。
「きらきらしていてとっても素敵。あまのがわにいってみたいな」
 すると、もやもやはにこにこして言いました。
「いいですとも」





 だから、かなみちゃんは今も天の川を漂っています。
 もやもやとしたものは、またランプのなかへ戻っていきました。
 もやもやがいなくなって、町はみんな元通りになりました。かなみちゃんのお父さんとお母さんは、いまでもかなみちゃんを探していますが、かなみちゃんが夜空にきらめく川の中にいるなんて思いもよらないのです。 

おしまい

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